アーカイブ

観察したのは、入所6ヵ月目の終わり

大毅(仮名)の発達の状態には、次の3つの要因が関与していると推察される。第一の要因は、中国の保育園での経験に起因するものである。中国の保育園では、園児同士のオモチャの取り合いが起きたときは、保育士が相談してオモチャの使い方を決める。つまり園児たちは、自分たちにとっての規則の必要性を理解しないままに、保育士の権威に従うために保育士の指示としての規則を守ることになる。大毅(仮名)は、おそらく「仲間との関係を調整する手段としての規則」という規則の意味を十分に理解していなかったのではないだろうか。第二の要因として、「自己主張・実現能力」と「自己抑制能力」のバランスの問題が考えられる。自分の行動を自律的に制御する「自己制御」機能には、「自己主張・実現機能(自分の要求を行動で表現するなど)」と「自己抑制機能(自分の要求を遅延させる/順番を待つなど)」の2側面がある。幼児が自己を形成していくうえで、両側面をバランスよく発達させることが大切であるが、この2つの能力の発達のしかたは親や保育士のしつけと深く関係するといわれている。中国では、まず自己主張し、その後に自他の要求を調整するというやり方が一般的であることを考えると、大毅(仮名)は来日するまで、「自己抑制能力」よりも「自己主張・実現能力」のほうがより促進される環境にいたと考えられる。つまり大毅(仮名)の場合、「自己抑制能力」よりも「自己主張・実現能力」のほうがより発達していた状態が、さくら保育園(仮名)に入った後も続いていたものと思われる。第三の要因は、コミュニケーション能力の問題である。大毅(仮名)は入所5ヵ月目の時点で、他の子どもにバットをどう使いたいか、どのようにして遊ぼうとしているのかなど、自分の意図や使用の見通しについて、日本語で説明できなかった。言語的やりとりによる情報の交換は、遊びのイメージを共有するうえでも、他者を理解するうえでも、仲間関係の形成に不可欠な相互交渉である。自分の考えや状態を日本語で説明する能力がかなり発達している日本人の4歳児と、片言の日本語しか話せない大毅(仮名)との間には、言語的やりとりによる十分な相互理解が成立していなかったものと思われる。以上の3つの要因は、大毅(仮名)が中国人幼児であるがゆえに直面した困難なのではないだろうか。大毅(仮名)が他の子どもにオモチャを貸すのを私がはじめて観察したのは、入所6ヵ月目の終わりである。

[Pick Up]
保育士の専門学校聖徳大学幼児教育専門学校
http://www.seitoku.jp/kttcsu/