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最後の勝利者、エジソン

エジソンはこの結果をもとに1879年一月4日に特許を出願し、早くも3ヵ月後の1880年1月27日に公告となる。その特許のクレーム(特許請求の範囲)には、「金属線で支持された高抵抗の炭素フィラメントからなる白熱光を発する電気ランプ」と書かれている。内容は先人たちの電球とほとんど同じ内容であった。特許を受けることの基準は時代とともに変化する。現在ではほとんどの国において認められないような特許が、過去には与えられていた。電球に関するエジソンの発明も、今日では無効にされたであろうと言われている。そのようなきわどい特許であったために、エジソンの特許そのものは、それ以前に出願されていた英国特許、カナダ特許、ベルギー特許、イタリア特許、フランス特許によって、1883年に無効との判決を受ける。エジソンはただちに訴訟を起こして、「高抵抗の炭素フィラメント」のクレームは有効であるという決定を、1889年に勝ち取ることができた。きわどい判定である。それでも、エジソンとスワンとの法廷での闘いは続くのであるが、彼らは結局和解を選び、1892年にエジソン&スワン電灯会社(エジスワン)が設立される。今日のゼネラルーエレクトリック(Gen−eralElectriyGE)社の母胎である。最終的にエジソンは特許戦争に勝利するのではあるが、ゲーペルの電球をめぐって行なわれた最後の法廷闘争は、エジソン特許が切れる1894年まで続いた。