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私が注文服を仕立てた理由

一着何十万円もする注文服は、一般的ではない。お金に余裕のある人か、よほどのスーツ好きか、さもなければ、既製服では合わない体型をしているか、いずれにしてもそうやすやすと仕立てられるものではない。それでも、すぐれた注文服には、既製服にはない独自の魅力がある。果たして注文服が、その高価な代金と引き換えにするほどの魅力を備えているのか、いわれるほど注文服は贅沢か、このあたりを第八話で考えたい。テーマを考えるにあたって私は、注文服(スーツとシャツ)と靴をオーダーした経験はあるが、富裕層ではない。むしろ「働けど、働けど……」のほうである。そんな私がどうして注文服を持っているのか、それは一言でいって仕事に有利だからである。たとえば、有名ファッションブランドの社長が来日して三〇分間だけインタビューする機会に恵まれたとする。そのとき、できるだけ面白い話を引き出すために、自分はなにをすべきか、若いころからずっと考えてきた。ブランドの社長というのはインタビューにも慣れていて、しかも、一日四件、五件と立て続けにインタビューの予定が入っているので、限られた時間の中で、彼の人柄や人生に立ち入った話を引き出すのは至難の業だ。よほどうまくやらないと、今回来日した目的である新製品のPRだけで終わってしまう。そんな状況で、気の利いた質問をするのはもちろんであるが、それ以上に私は会うときの装いに気をつけている。ファッションブランドの社長であるから、服を見る目は確か。私には注文服は身分不相応であるが、彼にとって注文服は相応の装いなのだ。自分が着飾るためではなく、相手に対して礼を尽くすために、自分の数少ないワードローブの中で、いちばんふさわしいと思える一着を着ていく。すると、相手にもそれが通じて、「あ、コイツわかっているじゃないか」と思われればしめたもの。あとは彼が思わず口をすべらす(社交辞令でなく本音で語ってくれる)努力をすればいい。これが仮にTシャツにジーンズ姿、もしくは今ひとつサイズが合っていないスーツ姿で行ったとしたら、彼は三〇分の間、ずっと心を開かず、通り一遍のブランド論を披露するに終わってしまうだろう。果たして、私は仕事の必需品として、注文服を着るようになった。しかし、服の値段に関しては、読者の皆さんとかけ離れた感覚を持っていないつもりだ。服飾評論家や服飾記者、スタイリストのようなマスコミ人の中には、服や靴が好きで好きで、年間数百万円、いや一〇〇〇万円を超えるお金を被服に費やす者さえいる。個人の問題だから、そのことに関してとやかく口をはさむつもりはないが、私から見ると、湯水のごとく服にお金をかけられる人に、「この服、いいですよ」とすすめられてもあまり熱意が伝わってこない。「確かにいいのだろうけど、あなたが買っているたくさんの服の中でその服はどのあたりに位置するの?」と口を尖らせたくなるというものだ。私は自分の「分」を知ったうえで、注文服を論じたいと思う。一着数十万円する注文服をただ、「いい服です。仕立ててもらったほうがいいですよ」とはいいたくないのだ。本当は量販店で二着四万円のスーツを買えば間に合うところを、どうしても注文服でなければいけない理由をこれから皆さんに伝えたい。でなければ、服飾記者は、単なる自慢業になりかねない。

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